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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)10753号 判決 1982年12月27日

原告(反訴被告)亡中島今朝十承継人 中島みよ子

<ほか六名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 篠原千廣

右原告ら訴訟復代理人弁護士 澤本幸一

被告(反訴原告) 相澤敏央

<ほか三名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 石塚久

主文

一  被告(反訴原告)らは、原告(反訴被告)らに対し、各自、別紙目録(一)記載の土地の各一〇八分の二七の持分につき、中島今朝十に対する昭和三九年三月三一日代物弁済を原因とする共有持分全部移転登記手続をせよ。

二  被告(反訴原告)らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告(反訴原告)らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

(予備的請求)

1  被告らは、原告らに対し、各自、別紙目録(一)記載の土地の各一〇八分の二七の持分につき、中島今朝十に対する昭和三九年三月三一日時効取得を原因とする共有持分全部移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 反訴被告らは、反訴原告らに対し、別紙目録(三)記載の建物を収去して、同目録(二)記載の土地を明け渡せ。

2 反訴被告らは、反訴原告らに対し、各自、昭和五三年一一月一四日から右土地明渡しずみまで、一か月あたり金五二九四円の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 反訴原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告らの負担とする。

第二当事者の主張(以下原告(反訴被告)を「原告」、被告(反訴原告)を「被告」という。)

(本訴)

一  請求原因

1 (喜平治の本件土地所有)

相澤喜平治(以下「喜平治」という。)は、もと、別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。

(一) (請負契約)

中島今朝十(以下「今朝十」という。)は、昭和三七年一一月五日、喜平治から、別紙目録(四)記載の建物(通称第三小山荘、以下「第三小山荘」という。)の建築を、代金四四一万円、弁済期工事完成の翌日との約定で請け負い(以下「本件請負契約」という。)、昭和三八年三月ころ、右建物を完成させた。

(二) (代物弁済)

喜平治は、遅くとも昭和三九年三月三一日までに、今朝十に対し、本件請負契約の代金四四一万円の支払に代えて本件土地の所有権を譲渡することを約した(以下「本件代物弁済」という。)。

3 (時効取得)

(一) 仮に代物弁済に基づく請求が認められないとしても、今朝十は、請求原因2の(一)、(二)記載のとおり遅くとも昭和三九年三月三一日までに、喜平治から代物弁済として本件土地の所有権を譲り受けて同日その引渡しを受け、同日以降、本件土地のうち別紙目録(二)記載の部分(以下「本件土地東側部分」という。)については同地上に別紙目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有することにより、その余の部分(以下「本件土地西側部分」という。)については松田登代志に賃貸することによりそれぞれ占有している。

(二) 今朝十は、右のとおり本件土地の代物弁済に基づき本件土地を占有したものであるから右占有を開始するにあたり、過失がなかった。

(三) よって、今朝十は、右占有の開始から一〇年を経過した昭和四九年三月三一日の経過により本件土地を時効取得した。

4 (原告らの相続)

原告中島みよ子は、今朝十の妻、その余の原告らは今朝十の子であるところ、原告らは、昭和五五年九月二七日、今朝十の死亡により同人の権利義務を相続により承継取得した。

5 (被告ら名義の登記の存在)

被告らは、本件土地について、それぞれ次のような共有持分移転登記を経由し、これにより本件土地の共有持分一〇八分の二七について登記名義を有している。

イ 東京法務局杉並出張所昭和四一年二月一五日受付第三八九八号共有持分各二七分の二の移転登記

ロ 同法務局同出張所昭和五一年四月二一日受付第一五六七一号共有持分各一〇八分の一九の移転登記

6 よって、原告らは所有権に基づき被告らに対し、各自、本件土地の各一〇八分の二七の持分につき、主位的に今朝十に対する昭和三九年三月三一日代物弁済を原因とし、予備的に今朝十に対する同日時効取得を原因とする共有持分全部移転の登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 同2の(一)のうち、請負代金額は否認し、その余は認める。請負代金額は、約三六〇万円である。

3 同2の(二)は否認する。昭和三八年六月一日当時における本件土地の時価は、九五四万円であり、本件請負契約の請負代金額はその半額にも満たないのであって、両者は著しく不均衡であり、喜平治がその支払に代えて本件土地の所有権を譲渡することは考えられない。

4 同3の(一)のうち、今朝十が本件土地東側部分を占有していることは認め、その余は否認する。同3の(二)は否認する。同4、5はいずれも認める。

三  抗弁

(請求原因2(代物弁済)の主張に対して)

1 消滅時効

仮に請求原因2の事実が認められるとしても、代物弁済契約における他の給付が不動産の所有権の移転である場合には、代物弁済は、当事者がその意思表示をしただけでは足りず、登記その他引渡行為を了し、法律行為が当事者間のみならず、第三者に対する関係においても全く完了した場合でなければ成立しないのであり、したがって、その間に本来の給付がなされれば代物弁済契約もその目的を失って効力を失うものというべきであり、また本来の債務が時効により消滅した場合も同様に代物弁済契約は効力を失うものと解すべきところ、本来の債務である請負代金債務は、その弁済期の後である昭和四〇年四月二七日から三年を経過した昭和四三年四月二七日の経過により時効消滅したから、本件代物弁済契約は、本来の債務の消滅により効力を失った。

2 供託

(一) 原告らは、本件請負代金債権について、代物弁済を主張して、弁済の受領を予め拒んでいた。

(二) 被告らは、昭和五六年一二月一八日、本件請負代金四四一万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和三八年四月二日から昭和五六年一二月一八日まで年五分の割合による遅延損害金四一二万六六七三円の合計八五三万六六七三円の弁済の準備をし、同日、原告らに対し、右のとおり弁済準備をしたことを口頭で通知して、その受領を催告した。

(三) 被告らは、昭和五六年一二月一八日、右催告の後、東京法務局同年度第一〇一八三五号をもって、右合計八五三万六六七三円を供託した。

(四) よって、本件代物弁済契約は、本来の債務の消滅により効力を失った。

(請求原因3(時効取得)の主張に対して)

3 (悪意)

(一) 今朝十は、昭和三九年三月三一日当時、本件土地が喜平治の所有であることを知っていた。

(二) 他主占有

今朝十は、昭和二四年ころ、本件土地を、喜平治から、使用貸借により借り受け、以後、喜平治又はその相続人である被告らのために占有していた。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び3はいずれも否認する。

五  再抗弁

1 (権利濫用)

被告らの消滅時効の援用は、以下の事実に照らして権利の濫用として許されない。

(一) 本件代物弁済契約は、喜平治が本件請負代金を約定に従って支払えなかったため、その懇願により、今朝十においてやむなくこれを承諾して成立したものであること、

(二) 本件代物弁済契約成立後、喜平治は、その費用負担において今朝十に対して所有権移転登記手続を行うべく必要書類を整えることとしていたところ、昭和四〇年四月二七日、同人が死亡したため、本件土地の所有権移転登記が未了となっていたものであること、

(三) 右喜平治の死亡後、被告らを含む喜平治の相続人の代理人となっていた被告相澤昇は、喜平治の生前から本件代物弁済契約成立の事実を知悉しながら、今朝十又は原告らとの本件土地の所有権移転登記手続をめぐる交渉においては、登記手続にいつでも応じるような姿勢を表面的には示しつつこれをいたずらに引き延ばし、さらに、右登記手続を妨害する意図のもとに第三者である山本雅信のために本件土地につき抵当権を設定したこと、

(四) 本件土地西側部分は、喜平治が松田登代志に賃貸し、その賃料を受領してきたものであるが、本件代物弁済後、今朝十が右賃料を受領するようになっても、喜平治又はその相続人である被告らは、何らこれに異議を述べなかったこと、喜平治は、被告らの被相続人であり、一体として考えるべき地位にあること、

2 (信義則違反・権利濫用)

被告らの供託は、本件代物弁済契約成立後約一六年間も経過した後になされたものであり、信義誠実の原則に反し、権利の濫用に該当するものであるから、許されない。

六  再抗弁に対する認否

争う。

(反訴)

一  請求原因

1 (喜平治の本件土地東側部分の所有)

喜平治は、本件土地東側部分をもと所有していた。

2 (被告らの相続)

被告らは、喜平治の子であるところ、昭和四〇年四月二七日、喜平治の死亡により同人の権利義務を相続により承継取得した。

3 (今朝十による本件土地東側部分の占有)

今朝十は、本件土地東側部分上に、本件建物を所有し、遅くとも昭和五三年一一月一四日以降右土地を占有している。

4 (原告らの相続)

原告中島みよ子は今朝十の妻、その余の原告らは今朝十の子であって、原告らは、昭和五五年九月二七日、今朝十の死亡により同人の権利義務を承継した。

5 原告らによる本件土地東側部分の占有によって被告らの蒙る損害額は、賃料相当の一か月あたり二万一一七六円である。

6 よって、被告らは、原告らに対し、所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地東側部分の明渡しと不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件土地東側部分の占有を始めた日の後である昭和五三年一一月一四日から右明渡ずみまで原告らに対し、各自、一か月五二九四円の割合による賃料相当の損害金の支払とを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の事実は、いずれも認める。

三  抗弁

原告らは、抗弁として本件土地東側部分を含む本件土地を主位的には代物弁済により、予備的には取得時効により取得したことを主張するものであり、その主張事実は本訴請求原因2ないし4と同じであるからこれを引用する。

四  抗弁に対する認否

本訴請求原因に対する認否に同じ。

五  再抗弁

本訴抗弁に同じ。

六  再抗弁に対する認否

本訴抗弁に対する認否に同じ。

七  再々抗弁

本訴再抗弁に同じ。

八  再々抗弁に対する認否

本訴再抗弁に対する認否に同じ。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求について

一  請求原因1(喜平治の本件土地所有)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2の(一)(請負契約)の事実は、請負代金額の点を除き、当事者間に争いがない。請負代金額については、後記認定のとおりである。

三  そこで請求原因2の(二)(代物弁済)について判断するのに、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

1  今朝十は建築請負(大工)を業としていたもの、喜平治は、土木工事請負(鳶)及び造園を業としていたもので、両名は、昭和一六年ころ、労務報国会の役員をしていて知り合い、今朝十がその請負った建物建築工事について、その土木工事を喜平治に下請けさせていたことなどから仕事の面で継続的な協力関係があったほか、私的にも友人として極めてじっ懇の関係にあったこと、

2  今朝十は、昭和二四年ころ、大工仕事の作業場として使用するため、喜平治からその所有に係る本件土地のうち、東側部分(本件土地東側部分)を賃料三・三平方メートル当り月額六円で賃借したこと、

3  同じころ、喜平治は、今朝十の紹介により、松田登代志(以下「松田」という。)に対し、本件土地西側部分を賃料三・三平方メートル当り月額六円、建物所有の目的で賃貸し、松田は同土地上に建物を建築したこと、右賃料は、今朝十が喜平治の依頼により同人の代理人として松田から受領し、今朝十は、喜平治に対する毎月の下請工事代金支払時に右2の自己の借地分の賃料と一括して喜平治に支払っていたこと、

4  今朝十は、昭和二八年ころ、本件土地東側部分に、喜平治の承諾を得て、本件建物を建築し、これにより今朝十と喜平治間の本件土地東側部分の賃貸借契約は、建物所有を目的とするものに変更されたこと、

5  今朝十は喜平治から、昭和二八年ころ東京都杉並区阿佐谷北五丁目一四番地所在家屋番号一四番三木造瓦葺二階建共同住宅(通称第一小山荘。以下「第一小山荘」という。)の、昭和三四年ころ同所一四番地一六所在家屋番号一四番一六木造瓦葺二階建共同住宅・居宅(通称第二小山荘。以下「第二小山荘」という。)の各建築工事を、いずれも代金は完成後右建物の賃料から支払うという約定で請け負い、工事を完成し、右約定に従って代金の支払を受けたこと。

6  次いで今朝十は、昭和三七年一一月五日、喜平治から第三小山荘の建築工事を、代金四四一万円、内金三五〇万円については工事完成後即金で支払い、残金については家賃収入から支払うという約定で請け負ったこと、

7  今朝十は、右第三小山荘建築工事の完成後、喜平治に対し、右内金三五〇万円の支払を請求したところ、喜平治は、該金員は用意してあったが他の用途に費消してしまった旨答えて支払に応じなかったこと、

8  その後、今朝十から右内金額の支払を再三請求されたので、喜平治は、昭和三八年ころに至って右請負代金四四一万円の支払に代えて本件土地の所有権を譲渡する旨申し出たこと、

9  今朝十は、右代物弁済の申し出に対し、所有権移転登記手続に要する諸費用を喜平治が負担することを条件として承諾し、喜平治も右条件を了承したため、遅くとも昭和三八年三月三一日までには請負代金の支払に代えて喜平治が今朝十に対して本件土地の所有権を譲渡する旨の代物弁済契約が成立し、今朝十は喜平治から簡易の引渡し(民法一八二条二項)の方法により本件土地の引渡しを受けるとともに本件土地西側部分について同人から賃貸人の地位を承継し、本件土地西側部分の賃料を自ら取得するようになったこと、

10  その後、喜平治は、税務上譲渡所得税を課せられないような方法を講ずる必要があることなどを理由にして本件土地の所有権移転登記手続に応じなかったため、喜平治と今朝十は不仲となり、喜平治は、本件土地の所有権移転登記手続を経由しないまま、昭和四〇年四月二七日死亡したこと、

以上の事実が認められる。《証拠判断省略》

《証拠省略》によれば、喜平治の死後、今朝十と被告相澤昇が本件請負契約に関し請負契約書を作成した事実が認められるが、該契約書は、同被告が喜平治の遺産相続に係る相続税の申告のため、喜平治の遺産額を明確にする目的で、今朝十に依頼して作成したものであるに過ぎず、本件請負代金が未決済であること及びその数額を確認する趣旨で作成したものでないことは明らかであるから、前記認定の妨げとなるものではなく、また、《証拠省略》によれば、前記本件土地の代物弁済契約成立時の本件土地の時価(更地価格)は約九五四万円程度であったことがうかがわれるけれども、本件土地には、東側部分には今朝十の借地権が、西側部分には松田の借地権がそれぞれ設定されていたことは前認定のとおりであって、本件土地の所有権には右の負担が附着していたことを考慮すれば、本件土地の価格(底地価格)が本件請負契約の請負代金額と不均衡であったものとは認められないから、右事実も前記認定を左右するに足らず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

よって、原告は昭和三八年三月三一日本件土地の代物弁済契約に基づく本件土地の所有権移転の意思表示により本件土地の所有権を取得したものというべきである(最高裁昭和五七年(オ)第一一一号同年六月四日第二小法廷判決、昭和三九年(オ)第九一九号同四〇年三月一一日第一小法廷判決・裁判集民事七八号二五九頁参照)。

四  そこで抗弁1について判断する。

まず、債務者がその負担した本来の給付に代えて不動産所有権の譲渡をもって代物弁済する場合の債務消滅の効力は、債務者が債権者に所有権移転登記に必要な委任状その他の書類を交付した等の特段の事情がない限り所有権移転の意思表示のみによっては生ぜず、所有権移転登記の完了によって生ずるものであり(最高裁昭和三七年(オ)第一〇五一号同三九年一一月二六日第一小法廷判決民集一八巻九号一九八四頁、同昭和三九年(オ)第六六五号同四〇年四月三〇日第二小法廷判決民集一九巻三号七六八頁参照)、代物弁済による所有権移転の意思表示後で所有権移転登記の完了前に本来の債務が弁済又は消滅時効の完成等により消滅したときは、右意思表示は、その効力を失うものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第二五六号同年一二月二四日第三小法廷判決裁判集民事第九三号九七九頁参照)。

これを本件についてみるに、右の特段の事情は認められないから所有権移転登記が完了していない以上、本来の債務がある請負代金債務は存続し、その債権の行使は法律上可能であったものといわざるを得ないから請負代金債権は、遅くとも弁済期の後である被告主張の昭和四〇年四月二七日から三年を経過した昭和四三年四月二七日の経過により時効消滅したものといわなければならない(民法一七〇条二号)。

そこで、原告の再抗弁について判断するのに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  喜平治は、前記のとおり、今朝十に対する本件土地の所有権移転登記の遷延が原因で同人との長年にわたる友好関係が失われたことを遺憾に思い、右友好関係の回復を念願していたところ、喜平治の住所付近で司法書士事務所を開設していた平信之(以下「平」という。)が、両者の共通の知人であったことから、昭和三九年一二月ころ、平に対し、本件土地の代物弁済契約成立に至る経緯及びその後の事情を打ち明け、今朝十との面談による意思疎通の機会を設けて同人との関係が修復されるよう仲介の労をとること及び本件土地の所有権移転について適切な税務対策上の措置を検討したうえ、速やかに今朝十に対する所有権移転登記手続を行うことを依頼したこと、平は、そのころ、今朝十に喜平治の意向を伝えたところ、今朝十は、間もなく本件土地の所有権移転登記手続に必要な委任状等を平の経営していた司法書士事務所に持参したものの、両者の面談は実現せず、所有権移転登記手続も完了しないうちに喜平治は前記のとおり死亡したこと、

2  平は、喜平治の死後間もなくのころと昭和四三年ころとの二回にわたった今朝十の依頼により、喜平治の相続人の一人である被告相澤昇を通じて喜平治の相続人に対して、前記本件土地の代物弁済契約成立の経緯及び喜平治の生前の意向を伝え、早急に所有権移転登記手続を履践するように求めたところ、被告相澤昇は、喜平治の相続人の意向として不動産取得税を含む所有権移転登記に伴う諸費用を今朝十が負担するならば、これに応じてもよい旨を述べたが、今朝十は、当初の約定どおりの費用負担を主張したため、所有権移転登記手続を行うに至らなかったこと、

3  今朝十は、昭和四四年ころ、被告らを含む喜平治の相続人を当事者として東京家庭裁判所昭和四〇年(家イ)第三三三六号遺産分割調停事件の調停期日に参考人として呼び出され、同期日において前記の経緯により本件土地を代物弁済として取得した旨を申述したこと、

4  右事件において昭和四四年一一月二四日に成立した喜平治の遺産分割に関する調停においては、本件土地は遺産の範囲から除かれ、分割の対象とされなかったこと、

5  今朝十は、右調停の成立後間もなく、平を介して被告相澤昇及び被告相澤敏央に対し、前同様に所有権移転登記手続の履践方を求めたが、前同様に費用の負担について今朝十と喜平治の相続人の意見の調整がつかなかったため、所有権移転登記手続は行われなかったこと、

6  今朝十は、前認定のとおり本件土地の代物弁済契約後直ちに本件土地の引渡しを受け、爾来本訴提起に至るまで一三年余の間本件土地を平穏、公然、善意、無過失(前認定の今朝十の右代物弁済契約に基づく本件土地の占有取得の経緯に照らすと、今朝十は、占有開始にあたり、無過失であったものと認められる。)に占有してきたものであり、右契約の成立の日以降喜平治に対して本件土地の地代の支払をやめるとともに松田からの本件土地西側部分の賃料を自ら賃貸人として受領取得してきたものであり、この間喜平治又は被告らを含むその相続人から右の点について異議が述べられたことはなく、また、代物弁済に基づく所有権移転登記義務の存在自体を争うような言動も全くなかったこと、

7  今朝十は、以上のような事情から喜平治の生前及び死後を通じ、喜平治又はその相続人が本件土地の所有権移転登記義務を任意に履行するであろうことを疑っていなかったものであるが、本件土地につき昭和五二年一月七日設定登記を経由した抵当権(抵当権者山本雅信)に基づき当裁判所において任意競売手続開始決定がされたため、自己の権利保全のためにやむなく本訴を提起したものであること、

8  被告らは、いずれも喜平治の相続人であり(この事実は当事者間に争いがない。)、遺産分割に基づいて、昭和五一年四月二一日受付で本件土地につき持分合計各一〇八分の二七の共有持分登記を経由しているものであること、

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実関係の下においては、債権者である今朝十に対し、本来の債権である請負代金債権についてその権利保全のために適時に請求その他時効中断の措置に出ることを求めることは、まことに難きを強いるものであって時効制度の趣旨にも反するものというべきであるから、被告らの前記時効の援用は権利の濫用として許されないものというべきである。

よって、前記再抗弁は理由があるから被告の前記抗弁は失当たるを免れない。

五  次に、抗弁2について判断するのに、抗弁2の(一)ないし(三)の事実は原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

そこで、再抗弁2について判断するのに、叙上三及び四掲記の事実、右供託は、前記本件土地の代物弁済契約成立時から約一八年、本訴提起から約四年が経過した後であり、本件口頭弁論が一たん終結された後になされたものあること(右事実は当裁判所に顕著である。)、本件土地の代物弁済契約成立後地価が昂騰し、右供託時におけるその地価は、右代物弁済契約成立時の地価の凡そ五倍を下廻らない額に達したこと(右事実は、《証拠省略》を総合して認める。)に照らすと、右供託は、前示の事情から本件土地の所有権登記義務の履行が遷延し、移転登記が完了していなかったことを奇貨としてなされたものであって、供託という債務者の一方的行為によって代物弁済契約によって形成された本件土地の法律状態及び事実状態を覆滅することは信義誠実の原則に照らし許されないものといわなければならない。

よって原告らの前記再抗弁は理由があり被告らの前記供託は、弁済の効力を生ずるに由ないものであるから、被告らの前記抗弁は採用することができない。

六  請求原因4(原告らの相続)及び5(被告ら名義の登記の存在)の事実は、当事者間に争いがない。

七  以上によれば、原告らは各自、被告らに対し、本件土地の所有権に基づき、今朝十に対する昭和三九年三月三一日代物弁済を原因とする持分一〇八分の二七の共有持分全部移転登記手続を求める権利があるものというべきであるから、原告らの主位的請求は理由がある。

第二反訴請求について

一  反訴請求原因1(喜平治の本件土地東側部分の所有)、2(被告らの相続)、3(今朝十の本件土地東側部分の占有)及び4(原告らの相続)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁以下の法律上及び事実上の各主張に対する判断は、それぞれ前記第一において本訴請求に対する判断として説示したところと同じであって、これによれば、その余について判断するまでもなく反訴請求は理由がない。

第三結論

以上判示してきたとおりであって、原告らの本訴主位的請求はいずれも理由があるからこれを認容し(本訴予備的請求については判断の要をみない。)、反訴原告らの反訴請求は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 薦田茂正 裁判官 柳田幸三 根本渉)

<以下省略>

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